明治の末。波川順平は、自分の人力車に、大芝電機の社長や技師長を乗せた縁で刺激され、電気を猛勉強し、この道の成功者になった。そして今、順平の一人息子新太郎は、大芝電機の工場長、孫の順一、勇吉も大芝電機に勤め、智子も元気で、順平には何不足なしの心境だった。だが、皆が仕事熱心のあまり一家団欒の機会がないことを、寂しく思うようになった。順平が妻ふさの法事を営んでも、新太郎と嫁の藤子しか揃わなかった。そんな折、勇吉が東京へ転勤になった。順平は、孫たちの身を固めさせようと、早速動きだした。だが、心に決めた相手のある三人は、耳を傾けようともしなかった。そんな順平の脳裡をかすめたのは亡き妻のことだった。今でこそ、順平と新太郎は和気あいあいの親子だが、かつては女工だった藤子との結婚問題で対立し、新太郎が家出をしたこともあった。その件をとりもったふさを想い出しながら、順平は苦笑するのだった。勇吉は、彼を追って上京した給仕の絵美子の協力を得て、仕事に熱中していた。再び波川家に波風が立った。新型ステレオの大量生産をめぐって論争が起きたのだ。新太郎は、長年の経験からという理由で、勇吉の主張を斥けるのだった。勇吉は、早速社長に詳細なデータを提示すると、工場長新太郎の交替を厳しく迫った。社長は、勇吉が新太郎の息子であることを知り、積極的なその熱意に動かされた。しかしこれは、今まで夫や順平に従順だった藤子の計画によるものだった。新製品”ボストン”の売れゆきは好調だった。波川家に一家団欒の夜が訪れた。その時、藤子が息子や娘のそれぞれの相手を伴なって二人の前に現われた。その姿は、順平の目には、ふさのように思われた。藤子はその場で、自分の結婚は自らが決め将来の自分の責任を負うのがこの家の伝統だ、と二人を説得した。この言葉に、若者たちの顔は輝いた。悠々自適の隠居生活を送りながら、なんとなく憂鬱を隠せなかった順平は、この晩はじめて幸福に酔うのだった。…
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